74期川口先輩からの投稿です。
新設のR354を東に走り、飽きたころに到着します。渡良瀬遊水地
水が払われている時はこんな感じ
高崎高校剣道部OB会のホームページです。
74期川口先輩からの投稿です。
国道254を走っている時に見かける「関東一の福寿草の自生地」の看板が前から気になっていたのです。で、今回は、県内景勝地巡り用、最強アドベンチャー・バイク 愛車のスーパーカブ110で行ってみました。甘楽郡下仁田町 虻田(あぶだ)福寿草の里(下仁田観光協会:0274-67-7500)施設の方のお話ですと、盛りは、2月下旬~3月上旬との事です。当日(2月14日)は2分咲きでした。
愛車のスーパーカブ110と関東一の看板です。
これは、R254側の入り口案内です。
妙義よりの案内看板の道はかなり狭いので、車では勇気がいります。
二分咲きの福寿草
南向きの斜面に、蝋梅、梅と一緒に咲いてます
盛りはこれからですので、お勧めです。入園協力金=¥300。
高崎に向かう帰りの道での一枚
一面の蒟蒻畑
スーパーカブ 最強伝説
こんな道も平気で入っていけます。飛ばせないけど、ダートも走れます。
と、愛車の紹介もさせたいただいたので、
では、また。ごきげんよう。
川口先輩(74期)からの投稿です。
日頃の稽古不足を何とかしようと思い。不肖川口は、剣聖 塚原卜伝先生のお墓を墓参さんすることで、御利益に授かりたいと考え。で、愛車カワサキNinja250で出掛ける事にしました。折角、茨城の鹿島に向かうのならば、※日本三大神宮ひとつの香取神宮にも参拝することに。※平安時代に成立した『延喜式神名帳』で、大神宮(伊勢神宮内宮)・鹿島神宮・香取神宮が「神宮」として表記されている。そうです。
圏央道で、東へ向かいます。牛久大仏の大きさにびっくりしつつ、神崎ICで下道に、利根川の脇を走って、先ずは香取神宮へ。香取神宮の無料駐車場へバイクをとめて、歩って向かいます。この坂がちっとつらい(運動不足!!)。
卜伝先生のご紹介。
御賽銭もしっかり入れて、お参りをさせて頂きました。稽古不足を補えるぐらい、御利益が有りますように!。かなり、おして、お墓を後にしました。海鮮を御土産にしようと、R51で大洗に向かいます。R51で北上していると、風雲急を告げ、黒くて厚い雲と猛烈な風。群馬で風には慣れてるけど、海沿いの風がもの凄い。海鮮を諦めて、水戸大洗ICで直行帰還です。往復400km弱のソロツーリングでした。墓参の御利益は、まだ有りません。では、また。ごきげんよう。
じゃなくて、「お世話になります、宜しくお願いします。」と大人の挨拶(60過ぎてりゃ当たり前)もきちんと出来て、入門を許され、門弟と相成りました。とは言え、60歳を過ぎましたが、現役でお仕事をしてますので、日曜日の午前中の稽古となります。
久しぶりの剣道着と袴で、素振りで稽古に参加です。剣道具を身につける自信も体力もなく、2カ月は素振りが稽古でした。この間、根が真面目な不肖川口は、毎朝、素振用の少し重い竹刀で300回素振りをしておりました。この毎朝の素振りが後に、禍となります。この話は後ほど。
上が、素振り用竹刀です(750g)。普通の竹刀(三九)が520gぐらいですので、若干重めの竹刀です。で、そうこうしているうちに三ヶ月が過ぎ、剣道具を付けての稽古がはじ
根が真面目で、おっちょこちょいの不肖川口は、剣道具を付けたのが嬉しくて,はじめから、かなり、本気の絶好調で稽古に励み、励み出した途端に
ジャジャン!!
小手打ちの稽古中に、格好付けて長めにしていた袴に親指が引っかかって、見事転倒。
ジャジャン 再び!!
氷で冷やして、翌日、整形外科を受診。骨折確定。
戦線離脱。対人稽古を封印。再びの素振り稽古。
で、根が真面目でせっかちな不肖川口は、朝の素振りを300回から500回に増量。
そうこうしているうちに、肘が・・、肘が痛い・・。
で、根が真面目でおもいこみの強い不肖川口は、鍛練で乗り切れ!と再びの増量。600回だこの野郎!!。
で、結果、肘痛悪化。ほぼほぼ、現場仕事が出来なくなり、職場離脱。再びの受診。肘に注射をしてもらって、痛みを抑えて、リハビリ。
肘の激痛は、鈍痛に変わり、稽古復帰。で、根が真面目でそそっかしい不肖川口は、再びの全開稽古!!。で、ひだりふくらはぎ肉離れ!!だ。またまた、ひと月の離脱。
で、またまた全開稽古再開。で、右足踵捻挫。離脱!!
で、不肖川口は、気が付いた。60歳を過ぎてからの「鍛練」は、故障の基。ほどほどが一番。で、再開後の稽古は、人がみても分かる、「ほどほど稽古」。
そんなこんな言いながら、稽古に通い、体もだいぶ動くようになり、怪我や故障もしなくなってきた。
で、2018年は、予選リーグで敗退した社会人大会の壮年の部(55歳以上)に、再びの参戦(2019年大会)。ジャジャン!! もう一回 ジャジャン!!アッと驚く。JR東日本高崎支社長の木村氏と同位の三位入賞、パチパチ!!この写真を見せたかっただけ・・
と言う事で、61歳になる年に再開した剣道を、浅くて恐縮ですが、楽しく稽古をさせていただいておりました。
令和二年の春からは、中国発のコロナ災禍で思いに任せず、3月以降は、きちんとした稽古が出来ません。みなさんも活動に支障がでている事と存じます。
剣道再開顛末報告の末筆となりますが、皆さまのご健康とご多幸を祈念し、本年が良い年となりますよう重ねてご祈念申し上げます。
では、また。ごきげんよう。
インタビューで、「打たれることを恐れず、しっかり攻めて捨て身の技を貫けた」と言われていましたが、ふと平石先生の「身を捨ててこそ浮かぶ瀬もあれ」という言葉を思い出しました。(廣)