高崎高校剣道部OB会のホームページです。

ラベル 近況報告 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示
ラベル 近況報告 の投稿を表示しています。 すべての投稿を表示

2020年3月3日火曜日

北野寛平先輩(現東京農大二校教諭) 全日本都道府県対抗剣道大会出場!


去る223()ぐんま武道館において標記大会の予選会が開催された。
かつて北野君は筑波大学3年次に予選会で優勝、本戦への出場を果たしたことがある。
今回彼は7人制中堅の部で出場、つまり教職員の枠である。他の部門に比べるとエントリーは少ないものの、ほとんどが国士舘大学・筑波大学といったいわば専門家たちの精鋭ばかり。一回戦は順当に勝ち抜けたが二回戦の相手は国士大卒の強豪大谷選手。彼もまた幾多の全国大会に出場経験のある猛者である。相当な苦戦の末ようやく勝ち抜け、次はいよいよ決勝戦である。対戦相手は前橋高・筑波大卒堀越選手である。大学同門の3年年上であり、北野君に負けず劣らず速い面技を得意としている。  さあ、いよいよ決勝戦開始だ。
2.3分と時間は進むが互いに思い切った技はなかなか出ない、そうであろう互いに手の内は知り尽くした間柄。はやる気持ちで技を出せば出頭を仕留められる危険性は十分にある。
制限時間の4分が過ぎ、延長戦に突入。しかし、まだなかなか「捨てた」技を出せない。
その中でも互いに数本ずつ得意の「面」を繰り出すものの本来のキレのある技ではない。
どうした北野、堀越のほうがやや捨て身の技を出してきているぞ。こちらも思い切っていけ!  そんなこちらの勝手な予想に反し、当人は極めて冷静に間合いを見切っている。相手の面技をわずかに余して、有効打突にさせていないのだ。そして、その時は来た。わずかに間合いを詰め相手の手元が浮きかけた瞬間小さく小手跳んだ。「パクッ」と小気味よい音が響き白旗が3本上がり長時間の試合に終止符が打たれた。おめでとう北野寛平!本戦での活躍を大いに期待する           (観戦者69期 藤木正行)

2017年10月4日水曜日

高崎高校体育会OBゴルフコンペの結果

9月10日(日)、高崎サンコー72カントリークラブで開催された標記大会の結果をお知らせします。
1位 硬式野球部
2位 応援部
3位 陸上部
4位 サッカー部
5位 ソフトテニス部
6位 ラグビー部
7位 バスケット部
8位 山岳部
9位 剣道部
10位 柔道部
11位 合唱部
12位 水泳部
でした。
剣道部からは、10名の諸先輩が参加され特に、高山先輩(69期)、大山先輩、戸塚先輩(71期)、羽鳥先輩(77期)が活躍されました。来年はより上位を目指して精進します。
(廣兼記)

2016年6月24日金曜日

柳沢清先輩から

柳沢清 先輩(59期)より、近況報告をいただきました。


高崎高剣友会事務局 御中
 
小生、1960年3月に高々を卒業した剣道部OBで、
時々ネットで剣友会通信を拝読しております。
 
小生自身では、「高々」を卒業したというより、
「剣道部」という学校を卒業したような気がしてます。
剣道部同級生と顔を合わせれば「その瞬間」にあの当時に戻ります。
小生が高崎の実家に行く時は、「たまには、のんべぇや~」と
3人の高崎在住同級生に声かけをしたい気は常に生じますが、
連れの女房は「アルコールはダメヨっ」って絶対に言うもんで、、
小生の剣道部同級生(天国住まいの一人を除いた6人)とは、
数年に一度くらいしか会っておらず、どうしても疎遠になってしまい、
こんな現象は、小生の歳に近いOBはどなたも持ってるのでは、、、、、
 
小生、70歳を過ぎてから、部屋で素振りを50本、(偶には100)を毎日
やっております。肩と、腕っ節の運動には丁度よいかな?
汗をかく運動は女房ともども、ソフトテニスを週に3回やっているので、
オジイチャンの運動量としては「ふさわしい」量ではないかと思います。
雨の日、や家にいる時はクラシックギターを触ってます。
このギターは小生が18歳の時に知人からタダでもらったもので、
我が女房殿との付き合いより長い親友で、まだまだ「現役の音」が出ます。
 
といった訳で、暇つぶしを兼ねて剣道部OBの一人として、
近況をつづってしまいました。
 
高々剣友会並びに剣道部の更なる発展を祈ってます。
 
川越市広谷新町
柳沢 清


柳沢先輩、ご連絡ありがとうございました。
事務局があまりトピックを見つけられませんので、先輩方の近況報告などお知らせいただければ幸いです。



2014年6月11日水曜日

西岡君(第110期)全日本学生選手権出場決定!!

第110期の西岡君が北信越代表として標記の大会に出場します。 因みに学生選手権とは個人戦のことで、学生優勝大会が団体戦を意味します。 この両大会は7月に選手権が東京で開催されると11月に優勝大会が大阪で開催されます。 そして翌年はその逆で7月の選手権が大阪で、11月の優勝大会は東京という変則開催になっています。 また、これは私が大学4年生の時に誕生した大会ですが、この両都市の中間にある名古屋が主管となって9月頃に全日本学生地域別優勝大会(呼称は正確でない)もあります      ・・・・・北海道・東北・関東・九州学連等の地域対抗団体戦です 今年は東京の日本武道館での開催ということですので、在京のOB・学生諸君などにはぜひ足を運んでもらい、多数の応援をお願い致します。(69期 藤木)


 西岡先輩談
高崎高校110期生剣道部OBの西岡千洋です。去る5月18日(日)に開催された第56回北信越学生剣道選手権大会においてベスト8に入り、7月6日(日)に日本武道館にて行われる第62回全日本学生剣道選手権大会に出場することになりましたのでご報告致します。  私は、平成23年に高崎高校を卒業後、金沢大学に入学すると同時に金沢大学剣道部に入部致しました。1~3年生時、部としては何度か全国出場するものの、私個人では目立った戦績をあげることができなかったのですが、4年生になりようやくこのような結果を残すことができました。  金沢大学剣道部の一員として、また、高崎高校剣道部OBの一人として、目の前の1試合1試合を大事にし、全国大会という大舞台で一つでも多くの勝ち星を上げることを目標に全力を尽くす所存です。  最後になりますが、今まで支えていただきました諸先輩方には心より感謝申し上げます。是非、今後ともご指導ご鞭撻の程、よろしくお願い致します。

2013年11月29日金曜日

 美術名刀展 

剣友会の皆様 ご健勝のことと存じます。74期の服田です。前回会報にご連絡いたしました、  高崎文化センターにて開催されました 「 美術名刀展 」の様子をご報告いたしたいと思います
太刀、脇指、小太刀、短刀など50点、鍔など小物15点と盛大に展示されていました。 なかには、重要文化財に指定されている物などなかなか目の保養になりました。 大体は年配の方が多いのですがなかにはうら若き女性もちらほら
また、居合の師範による刀の振り方の指導もありました。 さすがに師範の振りはいい音「空気を切り裂く音」がしていました。 1日だけの展示会でしたが、ただ刀を見るだけでなく手に取ったり 振ってみたり、なかなかできない体験をさせてもらいました。 私は、会員ではありませんが荷物運びくらいなものですが 盛会になったことがなりよりもうれしくおもいます。 会場に来られていた会員の刀鍛冶の方が会場に来られた方に 鉄片に希望の文字を銘刻していました。よい記念になったと思います。 会場では、本物を手に持って鑑賞させてくれました。
突然、福田達夫衆議院議員が来場。このあと、刀剣保存会の会員になったそうです。






また、東京でこのよう一風変った刀剣会があるそうです。

2013年8月19日月曜日

再 会

86期の瀧野修司です。 8月16日に同期の五十嵐崇君、嶌田健作君と久しぶりに再会し、高崎駅周辺の居酒屋で飲みました。 写真はそのときのもので、右から嶌田、五十嵐、私(瀧野)です。 2人とは、大学卒業時に一度会ったのですが、それ以来です。 Facebookで消息を確認して、会う約束ができました。 今は便利なコミュニケーションツールがあるもんです。 私は教員ですが、あとの2人は電子機械業界の一部上場企業に所属していて(ルネサスと京セラですが)、話題も多岐にわたり、大変楽しい時間を過ごしてきました。 その中で、同期の人たちを中心に先輩や直近の後輩たちの話では、盛り上がった印象です。 みなさん、お元気ですか? 五十嵐君とは、1月の新年会での再会を約束しました。 新年会にお出になったことのない、あるいはしばらく出ていない先輩方も、ぜひお越しになってみてください! 特に86期前後の方、(個人的に)歓迎いたします。 よろしくお願いします。

2013年4月2日火曜日

30 km/h の旅 その③ツーリング編 五稜郭

 好天の八千代橋からの眺めは綺麗です、里山の緑、川の流れ、高崎っていいなぁ、などと感慨に耽ってしまいます。
八千代橋をわたったら、すぐに右折します。堤防にそっての桜並木の道を進みます。桜の季節のこの道もバイク散歩 にはお勧めですね。ずっと土手沿いに進み、人と自転車用の橋で用水を渡り、乗附小学校南から少林山街道へはいり、ゲートボール場や親水公園のある乗附緑地を右手にみて、西に進みファーストゴルフ倶楽部の看板を左に曲がり、観音 山の山上道路へ入ります。大平台学園、二都学園、子供の国幼稚園とのぼりが続き、50ccのエンジンはセカンドでフルスロットル状態です。頑張れソロ君って、励ましながらの登坂です。なんとか登りきり、みやま養護学校の前あたりは、やや 下りとなり、一機にギアをトップに入れて快適な走行が楽しめます。









前方右手に榛名山、裾野の景色を楽しみながら、風を切り、爽快に走ります。長坂牧場へ下る、三叉路を過ぎると、下り基調のカーブ道が続き、リーンイン(バイクを倒して、体を立てる) 走行でカーブを楽しみます。道なり進んでいくと、藤木に降りる三叉路です、富岡に行くにはここで右折ですが、今日は直進、道が狭くなりすぐに左に舘へ抜ける道も出てきますが、目指すは甘楽ですので狭い下りを直進します。路肩も定かではないので、 減速して安全にクリアします。




程なく、道も広くなり、田んぼの中を軽快に走れるみちとなります。それから、街道に出て、上州福島で小幡郷への道に入ります。ここの桜もよろしいですね。石畳の道をゆっくり登り、右に楽山園(甘楽町が10年がかりで整備した、 大名屋敷跡地、織田家のお墓も近所にあったりしてます。)をみて、さらに登り、サファリパーク北側の道へ右折出入ります。お休みの日のこの道は交通量も少なくて気持ちよく走れます。ずっと休まずに走ってますが南牧の道の駅で休憩予定です。 左手の丘の上で羊がのんびりしていたりして、景色を楽しみながら、西へ西へと走らせます。


川沿いに走るようになると、空気が涼しくなります。木立の影が続くとTシャツではひんやりしてきます。基本的に登りの道を、愛車ソロ君と話ながら、景色を楽しみな がらの走行が続きます。かなり疲れた頃に、道の駅到着で休憩となります。 南牧の道の駅の看板です。小さくて分かりづらいのですが、南牧川の遊泳場が何箇所も標記されてます。この地域の皆さんと川の距離を感じます。川が身近から遠くなると、川は「危険、 あぶない、近づくな」となり、その距離感はますます遠い物となりますが、こちらの看板では川遊びの好ポイントが標記されます。こんな標記も余分だよっていう、アウトドアマンのご意見も有るでしょうが、川との距離感がわかって、嬉しかったですね。 実際に道の駅のすぐ裏手がポイントになっていて家族で遊んでいました。以前に神流川をカヌーで下っていて、カーブを曲がったら、いきなり、水着姿の若い娘さん方が4~5人登場して、慌てたことが有りました。 川との距離感がまだまだ身近な地区があるものだなぁと、当時も感心していた事を思い出しました。8月の日差しは強い、流れる川に足先をつけたら、さぞかし気持ちが良いだろう、来年は海パン持参で楽しみに来よう。この先、いよいよ 峠道に向かいます。

2013年3月12日火曜日

 バイオハザードの中から 

73期の服田です。 今年は新年会に参加できず大変残念でした。 理由は、『 仕事 』という理由にもならない言い訳ですが今年はちょっと変わっていたので投稿します。 みなさんは左のマークはご存じでしょうか? ・・・・・最近の映画やゲームの中に出てくるので 見たことがあるという方がいらっしゃると思います。実は、この年末からこの3月までの仕事場が この中でした。 『 バイオハザード 』とは、生物学的危害と言い有害な生物による危険性をいう… (ウィキぺディアより) なかなかこのような仕事場に入って行くことはないので、今年は春から・・・と思いましたが 実際は年末から2交代制で昼、夜仕事で正月も現場で明けました。結局、3月までぶっ続けで仕事をしてやっと 解放されたところです。 下の写真が私です。半分居眠りしています。(撮影時AM3:30)あとで同僚から居眠りでコケるなよと言われまし た。 仕事は現場監督なので 「 がんばって やれ 」といってるだけですが本人はうつら、うつらしています。 中は外の氷点下と違って暖かいとお思いでしょうが.実は、工事中のため空調設備が動いていないため なんと35°Cを超える暑さで正月に熱中症かよとぼやいていました。この防護服の下はパンツ一丁です。 休憩のたびに、外に出るときは防寒服を着込み中の作業にはいるときは、全部脱いでパンツだけになりサウナに入っていいるようなものでした。 この仕事は、新聞にも出ていましたがインフルエンザのワクチンを作るための国家プロジェクトの一部 ですので、少しは国民の役に立っているのかな(居眠りしているから役立たずか?) 諸先輩方々にお会いできませんでしたがこんなことをしていました。

2012年10月12日金曜日

30 km/h の旅 その②(ツーリング編 五稜郭)

前回ご紹介した、ホンダ・ソロ購入から14ヶ月が過ぎ、朝のバイク散歩、午後のバイク散歩、夕方のバイク散歩、近距離のお買い物等々、日常生活での活用で実績も積み重ね、いよいよ、我が愛車、ソロ君とツーリングです。目指すは《五稜郭》です。函館!日本に五稜郭は二つあります。二つしか無いと言うのが正解なのかも、まず一つは、あの有名な函館の五稜郭。そして、もう一つが、お隣の長野県、それも群馬県との県境近くにあるのです。そんな訳で、今回は「めざせ五稜郭、日帰りツアー」に出発です。日帰りとは言いましても、全工程で150km越え、の、道のりです。その二つ目の五稜郭は南牧から長野に入る、田口峠から、佐久市に出る途中にある龍岡城跡地です。

8月16日、木曜日 天気晴朗 微風。午前8時30分、発進。と格好良くスタートしたいところですが、なにしろ、制限速度が30km/hです。日常使用でよく分かったのですが、幹線道路は苦手です。普段は車で通らないような、生活道路が向いてます。実際、その手の道をトコトコと走ると、車での景色と違った風景が見られて、ホントに面白いのです。車で入るのが憚れるような道でも、どんどんです。新しい家、綺麗な庭、田んぼの真ん中の道、川沿いの土手道、人と自転車しか渡れない橋。これは、原付バイク散歩の醍醐味です。ですが、幹線道路は苦手です。大型車のとなりでは、タイヤと背比べ、これは、慣れても怖い。ですので、風を切ってでは無くて、景色を眺めながらののんびりツーリングに、いざ出発です。なるべく幹線道路は使いません。まずは、第一目標の小幡郷です幹線道路を使わないように、スタートから気をつけます。高崎本町三丁目から本町通りを西に進み、高崎神社北の赤坂をくだり、山田文庫を右折して、三角公園を回りこんで、国道18号線に、橋は幹線を使う事が多くなってしまいます、で、君が代橋をこして、18号線を少し進み、二つ目の信号を左折して一度戻って、高崎CCから八千代橋を渡って川向こうの八千代町へ入ります。川向こうからのお話は次回にさせていただき、常盤町から八千代橋の間の風景を幾つか紹介します
山田文庫
日本一醤油の岡さん
神田乾電池
八千代橋から観音様
 
 
 

2012年9月29日土曜日

30 km/h の旅(その1 購入編)

74期の川口です。
剣友会の原点の高校生時代に、原付バイクに乗りたかったのです。当時は原付バイクと呼んで、ほぼ普通バイクの小型バージョンでした。今は原チャリと言って、スクーターが主流です。で、16才になると、この原付バイクの免許が取れるんです、高校一年生です。
ちなみに、74期の私ですと、昭和47年に入学で8月が誕生日で、結果、初めての免許証が昭和47年10月30日に交付され、依頼大事にして、今に繋がっております。自動車免許の取得は昭和53年でした。で、この、初めての、免許証を使ってみようと思い、昨年の4月に原付バイクの購入を検討しましたら、今や、当時の、原付バイクは一車種しか、新車で発売されていませんでした。原チャリのスクーターばっかりです。私が高校生の時に乗りたかったバイクはありませんでした。当時は、バイクを持っている同級生から貸してもらって、風切る爽快感を味わいました。N井君の赤いCB50、M浦君のオレンジのヤマハMR50。このMR50は、2ストエンジンでオフロード仕様だったと思います。剣道部の先輩では、H田さんが、ホンダの250?で、H島さんがホンダの400だったと思います。そう、それで、新車での購入は諦めて、中古をネットで探して、結果購入いたしましたのが、ホンダ・ソロ 50ccであります。じゃじぁーん!!
2003年製 総排気量 49cc、空冷4スト、3.5馬力、常時噛合式3段リターン、乾燥重量73kg、タンク容量4.1l。
カブ号のエンジン(約 直径4cmのピストンが約4cmストロークします。)の付いている、原付バイクです。このバイクでツーリングです。

2012年9月21日金曜日

英国剣道雑感(5)

芝生の上での形講習

 9月に入り、帰国準備を始めるとあっという間に日が過ぎ、気がつけば半年間の英国生活も残りわずかになってしまいました。「英国剣道雑感」もこれが最後です。最後の話題は、弘道館道場主催「角正武先生剣道セミナー」です。
地元イギリス選手団の活躍で大いに盛り上がったロンドン・オリンピック。その興奮も冷めやらぬ8月17日~19日、ロンドン郊外ワットフォードで行われた上記剣道セミナーに参加してきました。このセミナーはPaul Budden先生(教士七段)を道場主とする弘道館道場が毎年この時期に行っている剣道セミナーです。聞くところによれば、このセミナーはイギリスのみならずヨーロッパ中の剣道愛好家たちが毎年楽しみにしているようで、主催者によると、今年は南アフリカからも含め、なんと26か国、総勢60名を超える参加者になったそうです。
主任講師の角正武先生(範士八段)は、福岡教育大学教授として研究・教育にあたる一方、全日本選抜剣道八段優勝大会などで数々の名勝負を演じた日本を代表する剣道家の一人です。その角先生が25年前に全剣連の派遣で半年間パリで剣道の指導にあたっていた頃、先のBudden先生がその剣道に感銘を受け、以来、自身が始めていたセミナーの専任講師として、25年間毎年イギリスにお迎えして開催しているのがこのセミナーです。
今回のセミナーでは、角先生の他、日本から田代潤一先生(教士八段)、濱田英樹先生(教士七段)、イギリスからPaul Budden先生(教士七段)、Terry Holt先生(錬士七段)、松田和世先生(錬士六段)といった方々が講師として指導にあたりました。(実は私も、今回のセミナーには一般の受講者として参加したつもりでしたが、当日の朝、突然、Budden先生から講師を依頼され、一講師として名を連ねることになりました。)
セミナーの内容は、角先生総指揮による早朝稽古・竹刀稽古・形講習・審判講習・試合・夜稽古、Budden先生と松田先生による「イギリスの剣道の歴史」についての講義、田代先生による「防具の手入れ」の実演等、多岐にわたるものでした。
一連の講習の中で印象深かったのは、まず第一に、角先生の長年の経験を生かした外国人を対象にした剣道の指導法でした。私が任されたグループ別の形講習で、私が理合いの説明に困った時に助け船を出していただきましたが、その解説が実にわかりやすく、外国人だけでなく、私自身も大いに勉強になりました。後で伺った話によると、常にどうしたら外国人に納得いく説明ができるかを考えているそうです。そうした剣道指導に対する真摯な姿勢が、25年間、イギリスに招かれ続ける理由なのかもしれません。また、Budden 先生と松田先生の講義も印象に残るものでした。講義は、ロンドンに残る古い資料をもとにイギリスにおける剣道の歴史をわかりやすく解説したもので、大いに興味をそそられるものでした。そしてもう一つ、印象に残るというよりも驚かされたのが、田代先生の防具の手入れの実演でした。汗の塩で白くなった面と小手を大きなタライに入れ、洗剤とブラシで丸洗いです。私は防具の丸洗いをイギリスで見るとは思いませんでした。
このように剣道講習そのものも楽しく充実したものでしたが、泊りがけの講習会の最大の魅力は、何と言っても第二道場(もちろんイギリスではパブ)での交流会ではないでしょうか。ビールを飲みながら、講師の先生方や各国からの参加者と交わす会話は夜遅くまで続き、話題は剣道だけでなく各国の文化や思想にまで及びました。こうした交流も、日本ではなかなか味わえない格別な時間で、ここでもまた「交剣知愛」を実感することとなりました。
今回のセミナーに参加し、一流の先生から剣道指導の在り方の一端を学ぶことができたと同時に、また多くの外国人剣道家を新たな友人とすることができました。この経験が、帰国後の私の剣道人生にまた新たな視点をもたらしてくれることは間違いありません。セミナー主催者のPaul Budden先生、角正武先生をはじめとする講師の先生方、そしてセミナー参加者のみなさん全員に感謝申し上げます。ありがとうございました。
剣道万歳!!  Kendo 万歳!!
(参考:英国弘道館ホームページ http://www.kodokankendo.org/

これまで拙い文章につき合っていただきありがとうございました。今月末には帰国します。話の続きは1月3日の新年会にいたしましょう。

Budden先生と

講師陣
   

田代先生の防具の手入れ講習

講習の様子
交流会
 

2012年7月5日木曜日

英国剣道雑感(3)

4月から始まった英国生活も3か月となり、滞在予定の半分が経過しました。

 一般的にイギリスの4~6月というと、からっと晴れた日が多く、一年で一番いい季節と言われていますが、今年はこれまで3日と続けて晴れることがなく、毎日「曇り時々晴れ、一時雨」の天気を繰り返しています。隣に住むイギリス人も「今年は雨がよく降るなあ」と嘆いていましたが、それもそのはず、ニュースによると今年の4~6月の降水量はイギリスの観測史上で最も多かったようです。場所によっては洪水、落雷、雹の被害も報告されています。なにも今年に限って、そんな記録的な雨が降らなくても・・・と思いながらの生活となっています。

 さて、英国滞在のちょうど折り返し日となる6月30日・7月1日、ロンドンで「無名士道場」主催の「末野栄二先生剣道セミナー」が開催されたので、参加してきました。
 無名士道場はTerry Holt 氏(七段)を道場主とし、40年以上の歴史を持つ、イギリスでも最も伝統のある剣道クラブのひとつです。ロンドンにあるため、イギリス在住の日本人会員も多く、今回のセミナーも、当道場の会員で鹿児島出身の吉川さんという女性剣士(六段)の方が、末野先生の教え子ということで実現したようです。
 前回紹介した「樫の木剣友会」主催のセミナーも含め、日本人剣道家を招いての剣道セミナーはイギリスでもたくさん開かれているようですが、今回のセミナーは、末野先生(範士八段)という、剣道家ならばだれでもが知っている有名な先生のセミナーということで、イギリス国内だけでなく、ベルギー、フランス、オーストリアなどからもたくさんの剣道家が参加し、盛大なセミナーとなりました。
 講習そのものは、素振りから始まり、基本的な打突や応じ技の練習、そして最後は地稽古というオーソドックスなものでしたが、これまでに全日本選手権を含め、数々の大きな大会で優勝をされている末野先生の説明やお手本には、やはり言葉では表せない重みがありました。
 剣道をしている人なら誰でも理想とする剣道家がいるかと思いますが、私にとっては、末野先生はその理想とする剣道家の一人です。昭和54年の全日本選手権決勝での見事なメンを目の当たりにして以来、一度は稽古をつけていただきたいものだと思いながらこれまで剣道を続けてきました。その末野先生に稽古をつけていただく機会が、なんと30年以上経って、それも日本ではなく、遠く離れたイギリスで実現したということがなんとも不思議でなりません。
 憧れていた先生との稽古は、打てども打てども、抜かれ、返され、押さえられのわずか数分間のものでしたが、打たれてもなぜかうれしさがこみあげてくる、一剣道家のこれまでの思いが詰まった満ち足りた時間となりました。
 (集合写真:中央が末野先生、その左隣がTerry Holt氏。)
 参考:無名士道場ホームページhttp://www.mumeishi.co.uk/kendo

2012年6月13日水曜日

英国剣道雑感(2)

英国滞在も2か月が経過し、生活そのものもだいぶ英国流になってきました。朝食はシリアルとソーセージ、お昼は軽いサンドイッチ、そして夜はビター・ビールをちびりちびりとやりながら過ごしています。ただし、夜と言っても、今は10時を過ぎても明るいので、昼間からビールを飲んでいる感覚です。多少の後ろめたさを感じながらの晩酌となっています。
 5月にイタリアで開かれた剣道の世界選手権では、英国チームは予選リーグで敗退という残念な結果に終わったようです。イタリアまで行って応援することはできませんでしたが、一緒に参加した強化合宿での練習から想像すると、代表メンバーは全員がそれぞれの力を発揮し、悔いのない試合をしたに違いないと思っています。3年後、日本で開催される世界選手権での英国チームの活躍を期待したいと思います。

 さて、代表チームの練習会も一段落したので、先週末はコベントリーから車で2時間ほどのノッチンガム州にある「樫の木剣友会」道場に行ってきました。この道場は1987年に創立されたイングランド中東部では一番活発な活動をしている道場です。道場主はTrevor Chapmanという五段の先生です。Chapman先生はこれまで何度も日本を訪れて、多くの日本の著名な先生方から真の剣道を学ぼうという姿勢を持った先生です。特に、東京の興武館道場の小澤博先生(八段)と深い親交があり、ここ数年、「樫の木剣友会」道場に小澤先生を招いて剣道セミナーを開催しています。その他にも毎年、審判講習会や日本剣道形講習会、寒稽古なども行い、英国剣道の発展に尽力しています。また、こうした剣道の普及活動だけでなく、特筆すべきは、昨年の日本における地震と津波の被害に対して、道場仲間とともにチャリティー活動をして、たくさんの義援金を日本に送ってくれたことです。
 そんな彼と、私も20年来の知り合いで、彼が日本に来るときは必ず群馬にも来てくれ、私の地元・藤岡の剣道仲間と一緒に稽古やカラオケを楽しむ仲です。こちらとしては大したもてなしをしているつもりはありませんが、これまでの恩義を感じているのでしょうか、今回、私が彼の道場を訪問するということで、多くの仲間に声をかけてくれ、盛大な稽古会になりました。稽古前夜には道場仲間と一緒にインド料理店での夕食会、稽古後にはイギリス名物「フィッシュ&チップス」をご馳走になりながら、剣道談義に花を咲かせました。
 剣道には「交剣知愛」という言葉がありますが、剣道を通して知り合った異国の友人を訪ね、これまでの友情を確かめ合うという、まさに国境を越えた「交剣知愛」を実感する2日間の道場訪問となりました。
 (写真:前列左から4番目が筆者、筆者の右がChapman先生)

 参考:「樫の木剣友会」道場のホームページ
 http://www.kashinokikenyukai.org/HTML/Home.html

2012年5月12日土曜日

英国剣道雑感

74期、飯野です。
 この4月から高専の在外研究員として半年間の予定でイギリスに来ています。こちらに来てからほぼ1か月が経過し、アパートの契約、銀行口座の開設、クルマの購入、インターネットの接続等も一段落し、ようやく生活も落ち着きてきました。
 今回の派遣先は、ロンドンから北西に電車で1時間ほどのコベントリー市にあるウォーリック大学というところです。実はこの大学には20年前に1年間お世話になっていたので、本来ならば「勝手知ったる」と言いたいところなのですが、この20年間でキャンパスは大きく様変わりをしていて、まるで初めて訪れたような感覚です。大学に限らず、コベントリーの街中もすっかり整備され、ショッピングセンターなども驚くほど綺麗に生まれ変わっていて、毎日、新鮮な気持ちで過ごしています。
 

さて、そんな日常生活の中、クルマで30分程の「長光道場」というところで週一回剣道をする機会があります。ここは英国剣道連盟のコーチが直々に教えている道場で、習っている人達のレベルもそれなりに高いので、いい稽古となっています。
 また、先日はバーミンガムで行われた英国剣道連盟主催の練習会にも参加する機会がありました。この練習会では、今月末にイタリアで開催される世界選手権の英国代表選手や、こちらの企業に勤めている日本人を含め、英国各地から多くの剣道家(ほぼ二段から五段)、が集まり、基本打ちから地稽古まで熱のこもった練習をしていました。たまたま私が七段で、その練習会では最高段者だったので、参加者に指導をしてくれと依頼されたので、恥ずかしながら基本的な竹刀操作や応じ技などのアドバイスをしてきました。今週末には、世界選手権に向けた代表合宿が予定されており、そちらにも参加する予定になっています。(写真は、バーミンガムでの練習会の風景です。)
 こうした英国での稽古会で驚くのは、予想以上にレベルの高い練習内容もさることながら、なによりも全員が剣道に対して非常に真剣に取り組んでいるということです。立ち振る舞いや所作なども基本に忠実で、日本人の私達がややもすると忘れがちな礼義なども実にしっかりしています。そんな彼らの剣道に対する真摯な姿を見ていると、私も日本人剣道家の一人としていい加減な振る舞いはできないと思い、稽古前後の座礼なども日本にいる時よりも、より丁寧に、そしてより長めになってしまいます。(笑)これまでお手合わせした人達よりは、剣道の技術そのものは多少私の方が上かなとは思いますが、剣道の基本という意味では、彼らから学ぶことの方が多いと心から思う、英国での稽古となっています。(平成24年5月11日)
集合写真:左から二人目が筆者、その右隣が英国代表チームのマネージャーStarr先生、その右隣(写真ほぼ中央)が代表チームコーチGoodwin先生です。
追伸:
藤木さん、小池君、国体一次予選突破おめでとうございます。あと1つです
ここまで来たからには、副将、大将を高高剣友会で独占だ!! 

2012年5月9日水曜日

国体一次予選を突破して

藤木先輩より標題のご投稿をいただきました。5月20日の決勝戦はファイト、一発!

去る4月8日に行なわれた国民体育大会一次予選を勝ち抜けて、5月20日の決勝戦を迎えることになりました。本戦出場を懸けての最後の戦いとなり、簡単に切符は手に入らないのですが、HPに記事を載せることによって、より一層のプレッシャーを自分に懸けて正念場を乗り切りたいと思っています。
さて、群馬県ではここ数年来、国体一次予選当日に併せて、群馬県剣道大会・全日本女子都道府県大会予選を同日進行しております。つまり3つの大会をわずか1日で消化しています。そんな理由でタイムスケヂュールには若干の無理が生じているのです。
国体予選の部は先鋒(25歳未満)、次鋒(35歳未満・・・北野OB出場)、中堅(45歳未満)、副将(55歳未満・・・小池OB出場)、そして大将(55歳以上)となっており、ほぼこの順番で進行するため小池・藤木の試合は昼食後となります。残念ながら午前中の北野君はジャッジの不運もあり早々に敗退してしまいました。
午後に入り、小池君より早く私の出番が回ってきました。緒戦はかつてインターハイに個人出場した太田のU選手。年齢は5歳くらい年下だろうが、体重は20kgオーバーと言ったところか?メンに跳びこまれる事はないだろうと判断するが、どんな技を持っているのか、初顔合わせである。結果この試合は攻められる事無く終始押していて、延長に入って早々の連続面で勝利した。2回戦は久々の上段、安中のM選手との対戦となった。超有名KS館大学出身らしいが年齢は2つくらい年上。最近群馬県に移って来たのか?余り馴染みの方ではない。試合に入り、振りの鋭さは感じないのだが、上段への警戒心が過度に働いているのが自分でも良くわかる。四戒の懼・惑(おそれ・まどい)が生じているのだ。漸く攻め込む決心が出来て、間合い深くに入り込んだところ、今度は相手が懼れたのか?諸手で小手に逃げた所を「摺り上げ面」に決めて一本勝ちを納めたが、まだまだ自分の未熟な弱い心を恥じ入るばかりである。
続く準決勝の相手は、館林の名手S選手である。筆者と同じくらいの小兵だが、現在支部長を務められており、過去数度の対戦もある。さて、開始直後より一歩も引かない気迫が双方に感じられる。ここが我慢のしどころだ。互いに動けない間合いが続いたが、もう半歩攻めてみた。その瞬間だけ相手が居着いたのか?「行ける!」と感じてコテに跳びこむと確かな手ごたえと心地良い打突音が響いた。主審の「2本目」の声と同時に「今度は面勝負だな」と感じた。ややあって、読み通り面に跳んできた。出端面にあわせたが僅かに打突部位に届かない。それでも副審の旗が一本上がった。こちらのメンがジャストタイミングだったのだろう。うん!相手の目の色が変わった。気色ばんで「溜め」も無く即座にコテ・メンに来た。そのコテからメンにわたる刹那のコテがはっきり見えた。またもや乾いた音が渡り勝負は決した・・・・・・・・・
今回は周囲の状況がラッキーに働いていることは承知している。また、最大で最後のチャンスであることに疑いは無い。心して最後の決戦に望んで参ります。

2012年1月15日日曜日

全国高等学校・中学校剣道指導者研修会に参加して

新年会翌日の1月4日~6日まで勝浦の日本武道館研修センターにて全国高等学校・中学校剣道指導者研修会に参加してきました。参加者は約200名。群馬県からは中体連1名、高体連2名、講師の谷先生の4名が参加しました。 八段の先生方が20名位もとにたつ朝稽古は、外が暗い6時前にもかかわらず皆さん防具を着けて多くの先生方にかかっていました。実技研修の最後には八段の先生方の模範稽古を見せて頂く機会があり大変勉強になりました。かなり筋肉痛になりましたが、剣道について学ぶ良い機会になりました。参加していない方はぜひ参加して欲しいです。 追伸 食事もバイキング形式で充実していたのでつい写真に収めてしまいました。(角岡大悟)             

2012年1月13日金曜日

ご無沙汰しています

85期の渋沢先輩からメールが届きましたので、お知らせいたします。

剣友会事務局御中
偶然にも「高崎高校剣友会通信」にたどり着き、諸先輩方の懐かしいお名前を拝見しメールをした次第です。
私は渋沢雅道と申します。あまりにも不真面目な部員でしたので、自分が果たして何期の部員であったのかも忘れてしまいました。事務局の伊藤尚毅先輩、滝野君の間の学年でして、同期生には赤羽君、根岸君、川浦君、乗附君、金井君、内田君がおります。伝統ある高々剣道部の門を叩いた30年前に初心者であった私を受け入れて下さった樋口先生、先輩方には今でも感謝しております。また藤木会長、小池事務局長を始め、諸先輩方にも稽古をつけていただきましたこと、今でもよき思い出になっています。
藤木会長の「お前らが憎いのではない、強くなって欲しいんだ」と稽古中に叫ばれたこと、卒業後も忘れたことはありませんでした。小池事務局長からは稽古後にお金を預かり、真下商店まで「チェリオ」の買い出しにしばしば行ったものです。しかし剣道初心者であった私には両先輩は雲の上の方々で、とてもではありませんがお話しなどはできませんでした。
 昨年の震災により、私の勤務する会社も大きな損害を被りました。しかし挫けそうになっても、高々剣道部員であったことがつっかえ棒なって私を支えてくれたように思います。 高校卒業と同時に、防具を付けることがなくなりましたが、幾度となく引っ越しをする度にも竹刀だけは必ず傍に置いてきました。
明日は千葉ポートアリーナで行われる新年合同稽古会に行ってきます。

といっても、稽古をするのは剣道を始めたばかりの小学2年生の息子です今一度私も竹刀を握ろうかと考える今日この頃です。
 群馬に帰省することはなかなかないのですが、時々は「高崎高校剣友会通信」に訪問し、皆さまの活動を拝見させていただきます。高崎高校剣道部現役諸君の益々の活躍と、OBの先輩・後輩皆さまの健康を心からお祈りいたします。
写真は私の息子が1月7日の新年合同稽古会でウォーミングアップの素振りをしているところです。息子はまだ防具を着けていませんが、元気いっぱい、他の剣友会の先生方にお願いして打ち込み稽古に励んでいました。いつかは高々の道場で皆さんに稽古で鍛えていただきたく、この6月頃を目標に、再び一から剣道を始める予定です。
85渋沢雅道(千葉市在住)
追伸
藤木会長の白い小手、そして構えられた時一瞬、スッと伸びをされたその瞬間、私は動けなくなりました。
 小池先輩の道場に飾られている卒業メンバーの写真、賞状やトロフィーがずらりと並んでいたことを記憶しています。胴の打ち方をご指導いただき、その技のキレの素晴らしさ、今でも覚えております。背筋の強さが技に冴えを生む、とおっしゃった面打ちのご指導も覚えております。
伊藤先輩の足さばきの見事さは今でも脳裏に焼き付いています。今でもお手本にしています。初心者であった私をご指導いただき、感謝しています。

2012年1月8日日曜日

50年前の「前高定期戦」から“生まれた友情”

62期の加納先輩に以前より、原稿の執筆をお願いしておりましたが、それが完成いたしました。剣友会の皆さんに2012年の初荷としてお届けいたします。

中々 上手く筆が進みません。私は剣道も同様に不器用な方でした。故平石先生にはお前の剣道は一本気すぎると言われていました。ただ、高高の同期生ー第10期(小野塚、正満、浅見、占めて部員4名のみ)に恵まれて我々は当時、常に県下では1位であったと私の記憶に残っていますが、いやはや50年前の事、定かではありません。小野塚は群馬県一になり国体にも出場したほどでした。実は我々4名で団体戦は戦えず,1学年先輩の塚越さん、田中さん、木村さんなどめっぽう強い方がいつも1~2人加勢をしてくれたのです。我々の1学年後輩にも関口、佐藤という強いのがいて、我々のピーク時には加勢をしてくれたと思います。また、大先輩の笠井さん、吉野さん、吉井さんには剣道とそれ以外の事も色々教えて頂きました。もちろん当時係わった高高剣友会の全ての諸先輩・後輩、もちろん同期生は たかが3年間と言えども我が人生の下地を作ってくれたと言っても過言ではありません。感謝しております。

さて、表題に戻ります。それは約33年前の事です。私がイギリスに転勤後、母が一人でロンドンに遊びに来てくれました。その帰りの便で、隣の席の日本人の方に息子の家族写真を見せたところ、「この人知ってます。剣道してませんでしたか?」と尋ねられたので、母は驚いて、思わず「はい、群馬の高高で剣道ばかりしてました」と答えました。すると彼は「前高定期戦で一年生の時に戦いました」と。なんて事はない偶々、隣の席に前橋高校剣道部出身の方が乗り合わせただけの話だったのですが、この方が私にとって50年間の国内外通じての良き友になっているのです。 数ヵ月後に母からの手紙を頼りにその"彼"とついに会うのですが剣を交えたもの同士やはり何となく覚えているものです。彼は牛久保研一さんで伊勢崎に本社を持つサンデンの元副社長です。(当時、サンデンのイギリス市場拡大のため数年間滞在して居り、私のロンドン転勤と同時期でした) イギリスのロンドンで群馬県出身者、しかも「前高定期戦」で戦ったライバルと出逢ったのですから、私も彼も又それぞれの家族も感激いたしました。それ以来、イギリスでも、帰国してからの東京でも家族ぐるみでお付き合いをして既に50年になります。偶々二人とも軽井沢に別荘を持っているため家族ぐるみのゴルフが恒例となっております。

実はもう一人、50年前の「前高定期戦」から生まれた友情を今でもしっかりと温めている方がいます。牛久保氏の紹介で数十年前、彼が未だ西日本鉄道の常務か副社長だった頃にお会いしました。当時、50年前「前高定期戦」の前高の大将をしていた金井耿(かない あきら)氏です。金井氏は、現在、日本旅行業協会の会長並びに日本旅行の会長をされています。私も香港政府観光局で同じ旅行業界なので仕事上お互いに色々なメリットを共有しております。仕事はもとより、それ以上に彼ともプライベートな付き合いをしており時には妻同伴のゴルフ会をやっております。

あと一人、やはり前高出身で(彼は剣道の「前高定期戦」とは関係ありませんが)昭和38年卒業の同じ年の小林樹氏は、当時、日本経済新聞香港社長をしていましたが、彼も牛久保氏の紹介で17年前に香港で出逢って以来の友であり、三人でゴルフをすると私以外皆な高高のライバル校の前高出身者だったのです。 当時、「前高定期戦」の剣道では負けたことはありませんでしたが、最近のゴルフでは、この前高三人組に一本、取られてばかりいるような気がします。しかしながら、一緒にいると何かと心休まる温かさを感じ、これからも末永くこの「前高定期戦」を続けていくつもりです。(もうあまり先は長くなく、皆、あと3年もすれば古希だ!)特に私が50年前に 「前高定期戦」で戦った牛久保研一氏と彼の家族との友情は大事にしたいと思っています。お互い生きてさえいれば、この友情は古希を過ぎても続くことでしょう。

加納 國雄 /
かのう くにお 日本・韓国地区 局長 香港政府観光局
【略歴】
1944 年 群馬県生まれ
1962 年 群馬県立高崎高等学校卒業
1968年 米国ブリガムヤング大学マーケティング専攻 学士号取得
1971年 米国サンフランシスコ州立大学にて 国際経営学修士号(MBA)取得
1972 年 マニュファクチャラーズ・ハノーバー銀行入社 (現J.P.モルガンチェース銀行グループ)
1982年 マニュファクチャラーズ・ハノーバー銀行証券駐在事務所設立 マネージング・ディレクター兼駐日代表に就任
1987 年 マニュファクチャラーズ・ハノーバー銀行証券会社設立 マネージング・ディレクター兼副支店長に就任
1991年 ロイヤルドルトン・ドッドウェル株式会社 代表取締役社長に就任
1995年 香港政府観光局 日本・韓国地区局長に就任
<所属団体> 日本香港協会 理事 / アジアユースオーケストラ(AYO) 顧問 / 在日外国観光局協議会(ANTOR-JAPAN) アドバイザー/ 太平洋アジア観光協会日本支部(PATA) / 日本旅行業協会(JATA) / 日本旅行作家協会 / 日本外国特派員協会 / 東京アメリカンクラブ / ぐんま観光特使

2011年11月22日火曜日

熊本ねんりんピック終了

5月の記事で紹介した標記の大会が10月15・16日に開催されました。
写真は総合開会式の模様です。熊本出身の柔道家山下泰裕氏が聖火台へのロケット点火を行い、園児から高齢者までの有志が数々のアトラクションを披露し、水前寺清子が唄い、県営陸上競技場での壮大なページェントは幕を閉じました。その予想外のスケールに感動させられました。  (写っているのはおよそ3,000名の出演者です)
翌日の大会は5人制団体で行われ、香川・福岡両県との対戦でした。香川県とは1対1(一本:二本)の本数負け。福岡とは2対1(二本:一本)で勝利するも、予選突破はなりませんでした。筆者は先鋒で出場し、両試合とも一本勝ちでした。(69期:藤木)

2011年11月8日火曜日

烏川渓谷ロードレース

浦野です(77期)。11月3日高崎第一中学校の生徒たちと烏川渓谷ロードレースに出場ました。5キロに出場したのですが、疲れ果てました。タイムは26分55秒でした。昨年の記録更新。やった~。