剣道の第58回全日本都道府県対抗優勝大会が29日、大阪市中央体育館で行われますが、この大会に我が剣友会の会員、北野寛平三段(筑波大学)が群馬県代表チームの次鋒として出場します。北野三段に大会出場にあたっての抱負を語ってもらいました。
(北野三段)
今大会は、私にとっては初めての全国大会です。高校時代の私は、自分なりには一生懸命稽古をしたつもりでしたが、全く結果が出せずに苦しい思いを経験しました。その分、今大会に懸ける想いも大きいですし、全国の舞台を経験することによってさらに成長したいと考えています。今まで高崎高校でお世話になった先生、先輩方からの教えを忘れずに、群馬県代表、高々剣友会代表として精一杯戦います。応援よろしくお願いします!
この大会は男子の団体日本一を決める大会で47都道府県が年齢や職種ごとの7人でチームを編成し、トーナメントで戦います。
先鋒 高校生
次鋒 大学生
五将 年齢18歳以上35歳未満のもの。警察職員・教職員・大学生・高校生を除く
中堅 教職員の者。年齢に制限なし
三将 警察職員の者。年齢に制限なし
副将 35歳以上の者。警察職員・教職員を除く
大将 50歳以上。剣道教士七段以上の者
北野三段、そして群馬代表チームの健闘をお祈りします!
高崎高校剣道部OB会のホームページです。
2010年4月28日水曜日
2010年4月14日水曜日
群馬県剣道大会、国民体育大会予選でOB活躍!


去る4月11日(日)、県武道館において第60回群馬県剣道大会および第65回国民体育大会県予選会が行われました。今回はその模様の報告です。【群馬県剣道大会】―小池先輩が日本剣道形を披露―
群馬県剣道大会では、演武に先立ち高齢者表彰が行われました。この表彰は剣道教士七段以上の者で平成21年度に満70歳を迎えた者を群馬県剣道連盟が表彰するものです。今年度の表彰者には、剣友会顧問の別府重龍先生と斎藤剛毅先輩が名を連ね、表彰状と記念品が贈られました。(おめでとうございます!)
さて、群馬県剣道大会は、1)日本剣道形、2)居合道、3)剣道七段(70歳以上)および剣道八段の剣道立会い、と三部門の演武で構成されています。このうち、日本剣道形では小池政一先輩(教士七段)が仕太刀として、打太刀の内藤郁芳先生(教士七段)と見事な形を披露してくれました。内藤先生との気合の充実した剣道形は観客を感動させるに十分な見ごたえのある演武でした。
また剣道の立会いにおいては、七段の部で斎藤剛毅先輩、剣友会顧問の佐々木義男先生が演武を行いました。最高齢の佐々木先生は83歳とは思えない背筋の伸びた凛々しい立ち姿から鋭い面や小手を繰り出していました。「みなさんの励みになればと思って出場させてもらっています。」という佐々木先生の謙虚な言葉が印象的でした。(斎藤先輩、佐々木先生、これからもますます頑張ってください。)
【国体予選会】― 北野先輩、国体一次予選突破。藤木先輩、池田八段を破る
群馬県剣道大会に引き続いて、国体予選会が行われました。予選会には剣友会から、先鋒の部に北野先輩、副将の部に小池先輩、筆者、大将の部に藤木先輩、渡邉現剣道部顧問が参加しました。その中で、北野先輩がベスト4に残り一次予選を突破し、6月の最終予選会出場を決めました。
戦評
【先鋒の部(25歳未満)】
先鋒の部には北野先輩が出場。2月に行われた都道府県対抗予選優勝の勢いをそのままに今回の一次予選を勝ち抜きました。
一回戦は群馬県警察特錬所属の強敵、小林選手(前橋)と対戦。終始攻勢をかける相手の鋭い技を凌ぎ、終盤に長身からのメンを決めて勝利しました。二回戦は新地選手(新田太田)からまず得意のメンで一本先取、その後メンを取り返されましたが、最後は相手が出るところを出ゴテで勝負を決めました。そして一次予選突破のかかる三回戦では小此木選手(伊勢崎佐波)と対戦。緊迫した試合で双方譲らぬ戦いが続き、制限時間内に勝負決せず延長戦に入りましたが、最後は得意の飛び込みメンで勝利をおさめました。この結果、北野先輩はベスト4に残り一次予選を突破。二次予選での活躍が大いに期待される試合内容でした。(北野君、おめでとう。二次予選でも頑張って、ぜひ国体出場を果たしてください。)
【副将の部(45歳以上55歳未満)】
副将の部には、小池先輩と筆者が出場。稽古不足の筆者が初戦敗退する一方で、小池先輩が日頃の稽古で鍛えた技を遺憾なく発揮し、見事な戦いを展開してくれました。一回戦は牛木選手(渋川北群馬)と対戦。得意の出ゴテを開始早々に決め、有利な試合展開に持ち込み、後半やや無理な攻めをしたところも見られましたが、うまく相手の攻撃を凌ぎ、一本勝ちをおさめました。二回戦はこれまで何度も国体に出場している原選手(前橋)と対戦。強敵相手にも堂々と渡り合い、相手がメンにくるところを鋭く抜きドウを決めて一本先取。その後も冷静に相手の動きを読んで、二本目はやはり相手がメンにくるところを今度は出ゴテをタイミングよく決めて勝利しました。三回戦は上原選手(甘楽富岡)と対戦。果敢に攻めるも上原選手からコテとメンを決められてしまい、残念ながら一次予選突破はなりませんでした。しかし、今回の試合全般を通して展開されたけれんみのない小池先輩の剣道は将来の国体出場さらには八段合格を予感させるものがありました。
【大将の部(55歳以上)】
八段3名を含む強豪揃いの大将の部には、渡邉現剣道部顧問と藤木先輩が出場しました。渡邉先生は初戦で関口選手(利根沼田)と対戦し、延長戦で出ゴテで勝利をおさめましたが、次戦において残念ながら試合巧者の杉崎選手(館林邑楽)に惜しくも破れてしまいました。渡邉先生が二回戦で敗退する一方、実力伯仲の群馬を代表する剣士が鎬を削る中、藤木先輩の活躍が観客の注目を浴びました。一回戦は小野里選手(利根沼田)と対戦。一般的に初戦は双方が慎重になり、なかなか思い切った技を出せないのが常ですが、藤木先輩は静かな構えの中にも気力を充実させ、開始早々から剣先で相手の剣を制し、じりじりと自分の間合いに入るや思い切りよくメンを放ち、鮮やかに一本を先取しました。その後も守りに入ることなく、自ら間合いを果敢に詰めていき、またもや中心から割って入り、制限時間内に二本目のメンを奪いました。この日の調子良さを伺わせる滑り出しでした。そして、今回の予選会の最大のハイライトが次戦の池田選手との対戦に用意されていました。池田選手と言えば、これまで数度にわたる全日本選手権大会や国体出場、全日本東西対抗などでも活躍した群馬を代表する八段の剣士です。藤木先輩がこれまで何度も挑んできましたが、その度に撥ね返されてきた宿敵です。その池田選手を相手に藤木先輩がこの日全ての試合の中でベストマッチと言える試合を見せてくれました。試合は前半、双方相手の出方を伺いながらの攻防が続きます。池田選手が間合いを詰めてくれば藤木先輩はその間合いを嫌い、剣先でうまい捌きを見せる。そして藤木先輩が中心を攻めて入り込もうとすれば、池田選手がまた剣先で制するという、まさに一進一退の攻防です。後半に入り、双方が徐々に機会を探りながらメン、コテの技を繰り出しますが、なかなか相手の気勢を完全に制することができず、お互い決定的な打突が出せません。じりじりとしたお互い同士我慢の戦いです。試合はそのまま双方譲らず、4分の制限時間を終了し、延長戦に入りました。延長戦に入ると、池田選手の動きを藤木先輩の剣先が制し、胸元まで間合いを詰める場面が幾度と見られるようになりました。そして延長に入って数分が過ぎたその時、池田選手が藤木先輩のコテを狙いに素早く間合いに入ってきたところを裏鎬で巻くように藤木先輩の我慢に我慢を重ねた剣が一閃、池田選手の面を見事に捉えました。会場にまさにこの日一番の歓声が上がった瞬間でした。これまでの藤木先輩の地道な稽古が実を結んだ最高の一本と言ってもよいかもしれません。その後、決勝進出をかけた小林選手(前橋)との対戦では、残念ながらコテを奪われ、予選突破はなりませんでしたが、予選突破と同等、あるいはそれ以上に価値のある試合を展開した藤木先輩の活躍は「高高剣友会ここにあり」を県内に示した戦いでもありました。(藤木先輩、会長の意地を見せてくれましたね。お疲れ様でした。)
(飯野記)
2010年4月4日日曜日
春合宿
当日、稽古会には、佐々木義男剣友会顧問、笠井秀昭先輩(56期)、植原静樹先輩(65期)、藤木正行先輩(69期)、浅名 誠先輩(70期)、小池政一(77期)、戸塚泰聖前高々監督(77期)の6人が参加し、現役剣道部員と汗を流した。今年度は剣道部員の人数も多く、なんとか1本を取ってやるという気迫満面に、果敢にOBに挑み、活発な稽古が展開された。しかしながら、さすがに熟練したOBの技、高校生のスピードやパワーを柳に風と受け流し、最終的には壁際に追い込み、苦し紛れに打って出る起こり頭をポンポンと小気味よく打突する姿があちらこちらで見られた。
稽古後は、藤木剣友会会長より一言。剣道の実力を上げることは、無駄・無理を省くこと。打つべき機会に必要最小限の力で、必要最小限のシンプルな動きで、無理のない打突ができること。ぜひ質の高い剣道をめざしてほしいと現役生徒を励まされた。
なお、藤木会長から現監督の渡辺正一先生に、遠征や合宿の費用として使ってほしいと、剣友会会費より補助金が寄贈された。 小池 政一
2010年3月20日土曜日
第62期 加納國雄先輩,高崎にて講演

▼去る1月28日ホテルメトロポリタンにて香港政府観光局主催の昼食講演会が開催され、同観光局の日本・韓国地区局長(駐東京)である加納國雄氏が講演を行なった。香港への観光客・企業誘致の促進であるこの催しは、これまでも国内で行なわれていたが、今回は氏の故郷・群馬へと舞台を移した。冒頭に、香港は日本の農水産物の最大輸出国であり、全体の21%・金額1000億円を超えたとの説明も。そんな数字を考慮してか、来賓には県副知事や県農協中央会会長の姿も見え、総勢200名を越える盛会となった。剣友会からは横田 茂元会長(第55期)安藤富夫先輩(第61期)と藤木の参加があった。
▼加納先輩は若い頃から海外留学や勤務の経験が長く、数年前には高々でそれを踏まえた講演もされている。今でこそ、空港での「Tシャツ短パン姿」は当たり前の様に映るが、当時は成人男性が渡米しようものなら、いでた出立ちは背広にネクタイ、ポマードこってり。おまけに家族総出の一泊二日で、羽田へ見送りに行った時代である。その頃にしてアメリカに渡り、現在のJ・Pモルガン銀行グループや証券会社に勤務、帰朝してロイヤル・ドルトン・ジャパンの社長に就任、そして現在は香港政府観光局・・・・・・・・・随分時代を先駆けた方である。香港に旅行や事業展開する方は是非にご一報を。なお、私に問い合わせを頂ければ、局長付美人秘書のアドレスもこっそりお教え致します(69期:藤木)
《若かりし日の思い出》
▼加納先輩にお会いしたのは今回で三度目である。最初は、昭和43年(筆者高々2年)夏、突如として、伝説の先輩が道場に現れたのには驚いた。「加納と小野塚が負けたのは3年間で1度だけ、インターハイ県予選個人決勝で二人が戦ったから」と常々平石先生が話されていた雲上のOBである。その柔らかな物腰の何処に強さが隠れているのだろうか?と不思議さを感じた。そして、もうひとつ驚いたのは、「私は今Californiaと言う所に住んでいます」と自己紹介された時だった。「カリフォルニア」では無く、あれはまさにCaliforniaだった。その時私は思った「今、目の前にUSAがある」
▼二度目は、高々が久しぶりに関東大会に出場した平成7年の日本武道館。私と飯野君(22期)がメーンアリーナまで降りて、対浦和高校戦を見ていた時の事。27年ぶりにまたまた、突如として現れた。試合は大将戦(浅見智宏君)で辛くも勝利し、その余韻に浸っているうちに「うちの大将はガッツがあるね、じゃあ又!」と一言誉めて、足音も無く颯爽と帰っていかれた。まさにGone with the wind〔風と共に去りぬ〕だった。
2010年3月12日金曜日
高崎高校剣友会通信第1回オフ会
3月11日木曜日午後6時30分より、新町アート館にて「高崎高校剣友会通信」第1回オフ会が開かれました。出席者は、石川、小見、篠崎、藤木、関、廣兼、飯野、小池、伊藤、萩原の各先輩で、アート館特製のお好み焼き、たこ焼き、焼きそばなどを囲んで酒を酌み交わし、楽しい一時を過ごしました。新年会などでは、お目にかかれない先輩とお会いして話をすることができ意義深い第1回オフ会でした。参加者の皆様、お疲れさまでした。アート館石川先輩より
アートとお好み焼きの店アート館の石川です。昨夜は剣友会の藤木会長はじめ事務局および有志の方々総勢9名でご来店いただき大変感激いたしました。剣友会の皆さん今後とも宜しくお願いいたします。本当にありがとうございました
2010年3月1日月曜日
北野寛平君(105期)が県予選優勝。 全日本都道府県対抗剣道大会出場を決める!!
2月28日(日)ぐんま武道館において「第58回全日本都道府県対抗剣道大会」の県予選会が開催された。母校OB北野寛平君(筑波大3年)は次鋒の部に出場し、激戦の末初優勝を果たした。本戦は4月29日(祝)大阪市中央体育館で開催される。▼昨年から同大会の選手構成は大きく変更された。以前は女子が務めていた先鋒を男子高校生、次鋒を男子大学生とし、女子は別日程で「女子都道府県対抗剣道大会」が開催される事になったからである。今春4年生に進級する彼にとっては、次鋒の部は今大会がラストチャンス。つまり、従前通りであったら、参加することさえ出来なかったこの予選会に出場し、優勝するという「運」も味方に付けたのである。
▼実は、彼は中学・高生時代その身体能力を相当高く評価されてはいたものの、「ガラスの心臓」に於いてもかなりの有名人であり、県内で中々実績を残す事が叶わなかった。その彼が進学先に剣道の名門「筑波大」を選択し、全国の強豪ひしめく環境に身を置き、精進した結果が今回の快挙と言えよう。彼は2年時に同大の新人戦メンバー(選手7人補欠2人)に選ばれている。残念ながら出場の機会は得られなかったと聞いているが、名にし負う筑波や国士舘・中央・明治・法政などの強豪大ではレギュラー・準レギュラーに本校OBはおろか県内出身者が仲間入りした実績は数えるほどである。
▼当日の試合においては、次鋒出場者数は予想を下回っていたが、同門筑波大や新興の国際武道大などの強豪選手の中にあって、落ち着いた戦い方、そしてなにより人が変わったような強い「気」を崩すことなく、絶えず「先」を懸けていたのが主たる勝因である。これからもその「気」を失うことなく精進され、益々の活躍を期待するところである。
なお、予選会には剣友会事務局長:小池政一七段も大将の部で出場し、決勝戦に進出したが延長の末連続ン十回優勝の谷勝彦八段に惜敗した事、及び審判員として飯野・藤木が参加したことを付記しておきます。
2010年2月28日日曜日
あれ、俺のボールはどこ行った Part2


74期の川口先輩から「俺のボールはどこ行ったーPart2]のレポートが届きました。ゴルフの海外遠征のお話です。今夏の翠巒体育会ゴルフコンペでは、剣道部OB会のために「大活躍間違いない!?」です。今年の2月にグァムのマンギラオへ離島ゴルフで行ってきました。名物のNo.12、海越えのショート160ヤードでは、引っ掛けて、海におとしました。写っているのは、私ではありません。INはボールを7個無くして、63回。OUTはOBは無く、5パーの3ダボ、1トリで45回、めでたく、ブービー賞をいただきました。相変わらずのゴルフです。緯度も経度も、国境も、私の腕には、何の影響が無いのが良く分かりました。
また、昨年の7月には、仲間4人で、石垣島でゴルフしようって訳で、石垣へいつたのですが、ゴルフ場は隣の小浜島にしかなくて、小浜島でゴルフしてきました。小浜島のゴルフ場には日本の最南端と最西端の二つの「最」がありました。


登録:
投稿 (Atom)